記事詳細ページ

当時の客車はマッチ箱!?

  • 当時の客車はマッチ箱!?
  • 当時の客車はマッチ箱!?
  • 当時の客車はマッチ箱!?

   長井市史第3巻には、当時の客車について次のように記述されています。「乗客用の車両は、俗にマッチ箱といわれたもので、乗客用の腰掛は向い合せに横に区切って作られており、その区切りごとにドアがついていたから、発車停車の際は車掌がいちいちドアのカギを外したり掛けたりした。乗降口は、腰掛の数だけあった。」「軽便鉄道の象徴ともいわれる側面乗降式客車(旧式4輪車)は、一名マッチ箱とも蔑称されていたが、長井線にも本線並みのボギー車が運転されることになった。それは昭和5年10月1日のことである。」

  マッチ箱と呼ばれていた客車の映像を探しあぐねていましたが、ようやく京都にある加悦sl広場に同じ形式と思われる車両(ハ4995)が保存されていることを知りました。上の写真は、広場を運営している宮津海陸運輸蠅諒から提供いただいたものです。お忙しい中、有難うございました。

【写真提供:宮津海陸運輸蟆単sl広場 http://www.kyt-net.jp/kayaslhiroba/

※sl広場のホームページもぜひご覧になってみてください。

2019.04.14:[致芳CH]

この記事へのコメントはこちら

  • 名前
  • 題名
  • 本文
  • URL
  • ▼編集/削除用パスワード (半角英数字4文字で自由に入力して下さい)
  • ▼手動入力確認 (画像の文字を半角英字/小文字で入力して下さい)

  •  ※誰でも投稿可/すぐに反映
斎藤 理喜夫:画像

斎藤 理喜夫 ( )

山形県長井市の羽前成田駅で活動する『おらだの会』の情報を発信します。

Access 3,789,425pv (2015.12.04〜) Today 1,429pv Yesterday 3,604pv